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大会44年の軌跡

昨年で44回を迎えた真夏の祭典オーガスタゴルフトーナメント。1973年の第1回大会から昨年の44回大会までの忘れられないあのシーンを動画で配信!!昨年で44回を迎えた真夏の祭典オーガスタゴルフトーナメント。1973年の第1回大会から昨年の44回大会までの忘れられないあのシーンを動画で配信!!
  • 第41~44回
    2013-2016
  • 第31~40回
    2003-2012
  • 第21~30回
    1993-2002
  • 第11~20回
    1983-1992
  • 第1~10回
    1973-1982
  • 第44回 2016年大会

    [第44回優勝者]
    石川 遼
    [スコア]
    273(-15):[1R]66 [2R]68 [3R]70 [4R]69

    今大会4年ぶりの出場となった石川遼選手。豪快なドライバーショットと正確なアプローチは健在、第1日からトップに立ちます。第2日を終わってトップの石川と1打差でB・ケネディ選手と小田龍一選手、2打差でアマチュアの清水大成選手が決勝ラウンドへ進みます。
    前年優勝の池田勇太選手は、最終日に6つスコアを伸ばしトータル5アンダーでフィニッシュしました。 雷雨のため、約3時間の中断がありましたが、石川は最後まで自分のゴルフを崩すことなくプレーを続けました。一度も首位の座を明け渡さなかった石川は、4日間トータル15アンダーで今大会初制覇です。

  • 第43回 2015年大会

    [第43回優勝者]
    池田 勇太
    [スコア]
    268(-20):[1R]66 [2R]65 [3R]71 [4R]66

    第2日に単独トップに立ったのは池田勇太選手。2014年の賞金王、地元福岡県出身の小田孔明選手は3打差で2位につけ池田選手を追います。第3日、池田選手は首位を守りましたが1打差で深堀圭一郎選手、池村寛世選手が迫り、2打差に小田選手もつけます。
    最終日、池田選手は前半だけで5つのバーディを奪います。そして圧巻は14番377ヤードのパー4。ティーショットをピン横1メートルにつけるスーパーショット。このホールでイーグルを奪い勝負あり。最終18番ホールもバーディで締めくくり2009年以来2度目の優勝を決めました。

  • 第42回 2014年大会

    [第42回優勝者]
    藤田 寛之
    [スコア]
    276(-12):[1R]71 [2R]66 [3R]74 [4R]65

    4打差以内に10人!大混戦で幕を上げた第4日に猛チャージをかけたのは地元福岡市東区出身の藤田寛之選手でした。首位に6打差。17位タイでスタートした藤田選手は3連続を含む7つのバーディを奪うと17番201ヤードのパー3では、ピンそば1mにつけるスーパーショット。8つ目のバーディを奪い、地元初優勝に望みを繋ぐ通算12アンダーでホールアウトします。最終組の梁津万選手も同じ12アンダーでホールアウト。優勝の行方は2人のプレーオフに持ち込まれます。死闘は続きプレーオフの5ホール目、藤田選手はパーパットを沈めたのに対し梁津万選手はパーパットを外し藤田選手の優勝が決まりました。

  • 第41回 2013年大会

    [第41回優勝者]
    S・J・パク
    [スコア]
    204(-3):[1R]67 [2R]68 [3R]69

    藤本佳則選手、稲森佑貴選手といった若手の好発進で始まった第41回大会。台風の接近で3ラウンドに大会は短縮されます。藤本佳則選手、冨山聡選手、S・J・パク選手が首位で始まった第3日。黄重坤選手や矢野東選手がスコアを伸ばし、上位に食い込んできます。藤本佳則選手はスコアが伸ばせず3位でホールアウト。優勝は3日間首位を守った来日4年目の韓国のS・J・パク選手でした。

  • 第40回 2012年大会

    [第40回優勝者]
    金亨成(キム・ヒョンソン)
    [スコア]
    270 (-18) : [1R] 69 [2R] 64 [3R] 68 [4R] 69

    40回記念大会として開催された今大会。第1回大会のチャンピオン青木功選手が21年ぶりに出場し、その雄姿を一目見ようと多くのギャラリーが詰めかけました。また、初日の出遅れが響きカットラインまで2打足りず石川遼選手が予選落ちという波乱もありました。大会4日目トップでスタートとした金亨成選手を藤田寛之選手、藤本佳則選手、細川和彦選手、貞方章男選手らが追いかける展開となりました。最終18番ホールでトップ金選手を1打差で追う貞方選手の第2打は大きく右に曲がり林の中へ。バーディーパットは僅かにはずした金選手ですがパーパットを沈めて、日本ツアー初優勝を飾りました。

  • 第39回 2011年大会

    [第39回優勝者]
    裵 相文
    [スコア]
    265 (-22) : [1R] 65 [2R] 64 [3R] 70 [4R] 67

    4日間で22,000人以上のギャラリーが観戦した今大会。第2日までは裵相文選手、金庚泰選手の韓国勢が好調な滑り出しを見せました。しかし、第3日に近藤共弘選手が追い上げ裵相文選手と共に1位に並びました。更に2日目から徐々に調子を上げてきた石川遼選手も3位に上昇し、最終日は大混戦の模様を呈してきました。最終日、近藤共弘選手は18番ホールの第3打が痛恨のミスショットとなり、石川遼選手と並んで2位でホールアウト。4日間安定したゴルフを保った裵相文選手が日本ツアー初優勝を飾りました。

  • 第38回 2010年大会

    [第38回優勝者]
    谷原 秀人
    [スコア]
    266 (-22) : [1R] 67 [2R] 66 [3R] 67 [4R] 66

    大会1日目と3日目に同一ホールで2度のホールインワンを成し遂げた上井邦浩選手の単独トップで始まった最終日は、谷原秀人選手、立山光広選手、石川遼選手が追いかける展開となりました。前半ホールでスコアが伸びず苦しんだ石川選手に対し谷原選手と立山選手が抜け出し、確実にスコアを伸ばし続けた谷原選手が-22のスコアで優勝を手にしました。

  • 第37回 2009年大会

    [第37回優勝者]
    池田 勇太
    [スコア]
    267 (-21) : [1R] 69 [2R] 66 [3R] 69 [4R] 63

    単独トップで最終日に臨んだ石川遼選手。一方、池田勇太選手と今野康晴選手がこの日猛チャージを見せ、ついにトップ石川選手に並び大混戦となりました。試合は池田選手と今野選手がプレーオフとなり、2ホール目で池田選手が勝利し大会初制覇となりました。

  • 第36回 2008年大会

    [第36回優勝者]
    甲斐 慎太郎
    [スコア]
    278 (-10) : [1R] 69 [2R] 70 [3R] 70 [4R] 69

    注目は九州初登場となった石川遼選手。予選2日目、18番Hでは軌跡のショットで予選通過を決めました。結局トータル2オーバー、39位タイでフィニッシュ。優勝はプロ5年目、宮崎県出身の甲斐慎太郎選手。最終日に猛追を見せた宮里優作選手は一歩及ばず、星野英正選手とのマッチレースとなった戦いは17番Hで明暗が分かれ、甲斐選手がツアー初優勝を飾りました。

  • 第35回 2007年大会

    [第35回優勝者]
    宮本 勝昌
    [スコア]
    269 (-15) : [1R] 64 [2R] 64 [3R] 70 [4R] 71

    初日から終始単独トップを守った宮本勝昌。猛追するS.コンランが最終日に崩れる中、地元福岡出身の小田孔明が6つスコアを伸ばし、トップの宮本と1打差に迫りましたが、最終18番のバーディートライを外して勝負が決し、逃げ切った宮本が栄冠を手にしました。

  • 第34回 2006年大会

    [第34回優勝者]
    手嶋 多一
    [スコア]
    268 (-16) : [1R] 71 [2R] 66 [3R] 65 [4R] 66

    大会テーマ「熱狂ゴルフスタジアム」にふさわしく赤一色に染まった18番スタンド。大混戦となった優勝争い。優勝は終始安定したプレーで逃げ切った手嶋多一。10年越しの念願が叶い、地元福岡での嬉しい初優勝となりました。

  • 第33回 2005年大会

    [第33回優勝者]
    伊澤 利光
    [スコア]
    264 (-20) : [1R] 67 [2R] 65 [3R] 67 [4R] 65

    スーパー中学生伊藤涼太がギャラリーを魅了したこの年。最終日には一人首位を走り見事2年振りの復活優勝となった伊澤と共に、伊藤亮太もベストアマチュアとして表彰台に上がった。

  • 第32回 2004年大会

    [第32回優勝者]
    スティーブン・コンラン
    [スコア]
    277 (-7) : [1R] 69 [2R] 70 [3R] 70 [4R] 68

    台風が接近する中、大混戦となった最終日。終盤は18番で意地のバーディーを決めた神山 隆志。日本人トップの-5でスタートした谷口徹。日本ツアー初優勝を狙うオーストラリアのスティーブン・コンランの三人が-6で並びました。

  • 第31回 2003年大会

    [第31回優勝者]
    田島 創志
    [スコア]
    269 (-19) : [1R] 64 [2R] 70 [3R] 68 [4R] 67

    第31回大会は上位がひしめく混戦の中、新進気鋭の26歳田島 創志が初日から最終日までトップを守り続けた。田島は最後まで強気のゴルフで見事なツアー初優勝を飾った。アマチュア選手として初めてこの大会に出場した諸藤将次も大会を沸かせた。

  • 第30回 2002年大会

    [第30回優勝者]
    湯原 信光
    [スコア]
    209 (-7) : [1R] 68 [2R] 69 [3R] ** [4R] 72

    記念すべき第30回記念大会はベテラン湯原信光が通算7アンダーで 若手を振りきり、ツアー10年ぶりの優勝を飾った。

  • 第29回 2001年大会

    [第29回優勝者]
    平石 武則
    [スコア]
    273 (-15) : [1R] 67 [2R] 69 [3R] 68 [4R] 69

    混戦模様の最終日、平石武則、加瀬秀樹、桧垣繁正が通算15アンダーで並び、今大会史上8回目のプレーオフへ。1ホール目で加瀬が脱落、4ホール目のパター勝負を平石が制し、プロ19年目で涙の初優勝を手にした。

  • 第28回 2000年大会

    [第28回優勝者]
    伊沢 利光
    [スコア]
    270 (-18) : [1R] 67 [2R] 65 [3R] 71 [4R] 67

    本人の予定通り67でラウンドし、通算18アンダーで初日から首位を守りきり、完全優勝を飾った。伊沢は全米プロの疲れも見せず、今季2勝目をマークし、賞金ランキングも一気に2位に浮上した。

  • 第27回 1999年大会

    [第27回優勝者]
    米山 剛
    [スコア]
    205 (-11) : [1R] ** [2R] 70 [3R] 66 [4R] 69

    初日雨天中止となり、54ラウンドの戦いとなったこの大会。最終日、1打差2位でスタートした米山は、地元福岡のツアー初Vを狙う野上を逆転し通算11アンダーで今期2勝目を飾った。なお史上初大会4連覇を狙った尾崎将司は、4アンダー12位タイに終わった。

  • 第26回 1998年大会

    [第26回優勝者]
    尾崎 将司
    [スコア]
    275 (-13) : [1R] 66 [2R] 72 [3R] 65 [4R] 72

    初日、単独トップのスタート。2日目は首位を奪われたものの、3日目この日のベストスコアをマークして再び首位に立つ。最終日は強風下での戦いだったが、イーブンパーと手堅くまとめ今大会3連覇、通算4度目の優勝を飾った。

  • 第25回 1997年大会

    [第25回優勝者]
    尾崎 将司
    [スコア]
    266 (-22) : [1R] 65 [2R] 67 [3R] 67 [4R] 67

    初日より単独首位のスタートを切ったジャンボ。一度も首位を譲ることなく、通算22アンダー、2位の福沢孝秋と手嶋多一に12打差をつける圧倒的な強さを見せて優勝。オーガスタ初の2大会連続優勝者となった。

  • 第24回 1996年大会

    [第24回優勝者]
    尾崎 将司
    [スコア]
    273 (-15) : [1R] 64 [2R] 70 [3R] 70 [4R] 69

    尾崎が初日から単独トップでスタートし、3日目まで首位をキープ。最終日、猛チャージの手嶋多一に通算15アンダーで並ばれたが、結局プレーオフを制し、逃げ切った。同年の時点で8戦5勝、賞金総額も史上最速で1億円の大台を突破した。

  • 第23回 1995年大会

    [第23回優勝者]
    細川 和彦
    [スコア]
    271 (-17) : [1R] 69 [2R] 66 [3R] 67 [4R] 69

    猛暑の中、ベテラン勢が次々と予選落ち。2日目に新鋭の細川がベストスコア66をマークしてトップに踊り出た。勢いは最終日まで続き通算17アンダーで逃げ切り。プロ3年目で涙の初優勝を手にした。

  • 第22回 1994年大会

    [第22回優勝者]
    ブライアン・ワッツ(加)
    [スコア]
    271 (-17) : [1R] 66 [2R] 67 [3R] 71 [4R] 67

    久々に猛威をふるう水不足の中、2日目にワッツが躍り出た。ジャンボ、ルーキーの江連忠、謝錦昇とのデッドヒートを最終日16番ホールのスーパーショットで制し、17アンダーで優勝を決めた。

  • 第21回 1993年大会

    [第21回優勝者]
    陳 志忠(台湾)
    [スコア]
    277 (-11) : [1R] 71 [2R] 69 [3R] 68 [4R] 69

    2打差以内に11人がひしめく大混戦の最終日。着実にスコアを伸ばした陳と林吉祥のプレーオフで2ホール目のパター勝負を陳が制して、大会初優勝を決めた。前年の志明に続いての兄弟Vだった。

  • 第20回 1992年大会

    [第20回優勝者]
    陳 志明(台湾)
    [スコア]
    276 (-12) : [1R] 72 [2R] 69 [3R] 68 [4R] 67

    初日F・ミノザがトップに立ったのを皮切りに混戦状態となり、最終日は10年ぶり5度目のプレーオフに。B・ヒューズ(豪)、川上典一と陳の三国対決を陳が制し、優勝賞金1800万円を手にした。

  • 第19回 1991年大会

    [第19回優勝者]
    レイモンド・フロイド(米国)
    [スコア]
    273 (-15) : [1R] 66 [2R] 69 [3R] 69 [4R] 69

    台風余波の強風の中で初日がスタート。上位陣を外人勢が独占、フロイドと F・ミノザ(フィリピン)が飛び出した。フロイドはさらにスコアを伸ばして最終日も69と安定。追いすがるミノザをかわして優勝。

  • 第18回 1990年大会

    [第18回優勝者]
    尾崎 将司
    [スコア]
    269 (-19) : [1R] 65 [2R] 66 [3R] 68 [4R] 70

    前週の勝利で史上初の8億円プレーヤーとなったジャンボが、初日・2日目とノーボギープレーで独走。そのまま2位の陳志忠に10打差をつけての圧勝。オーガスタ未勝利にピリオドを打った。

  • 第17回 1989年大会

    [第17回優勝者]
    杉原 輝雄
    [スコア]
    281 (-7) : [1R] 70 [2R] 72 [3R] 71 [4R] 68

    賞金総額1億円に倍増。最終日、着々とスコアを伸ばす杉原は、最終18番で1.5mのバーディーパットをカップイン。世界初の ツアーとシニア同年優勝と、4人目の「名誉終身シード選手」を獲得。

  • 第16回 1988年大会

    [第16回優勝者]
    倉本 昌弘
    [スコア]
    276 (-12) : [1R] 67 [2R] 71 [3R] 65 [4R] 73

    初日3位の倉本は、3日目に7アンダーの猛チャージ。最終日、選手泣かせの風の中で一度も首位に並ばれることなく逃げ切り。これでツアー通算20勝目という記念すべき勝利をあげた。

  • 第15回 1987年大会

    [第15回優勝者]
    藤木 三郎
    [スコア]
    274 (-14) : [1R] 67 [2R] 69 [3R] 70 [4R] 68

    2日目倉本と並び首位に踊り出た藤木。3日目には、いったん首位に1打差をつけられるが、常にステディーなゴルフを展開、通算14アンダーの274で、この大会4年ぶり2度目の優勝を飾った。

  • 第14回 1986年大会

    [第14回優勝者]
    青木 功
    [スコア]
    282 (-6) : [1R] 74 [2R] 72 [3R] 69 [4R] 67

    首位を伺いながらじっと我慢のゴルフを続けてきた青木が、最終日に初の3週連続優勝を狙う尾崎将司と激しいシーソーゲームを展開。最終18ホールで逆転し、44歳の誕生日を6年ぶり3回目の優勝で飾った。

  • 第13回 1985年大会

    [第13回優勝者]
    飯合 肇
    [スコア]
    206 (-10) : [1R] 67 [2R] 68 [3R] ** [4R] 71

    3日目が台風13号の直撃で中止。最終日、9アンダーに6人が並ぶ激戦の中、飯合が15番でバーディーを奪取して優勝。青木らビッグネームを押さえて、プロ入り8年目にして涙の初優勝を飾った。

  • 第12回 1984年大会

    [第12回優勝者]
    尾崎 直道
    [スコア]
    275 (-13) : [1R] 71 [2R] 64 [3R] 70 [4R] 70

    混戦模様の最終日、トップから3打差に12人という大激戦。この中から直道が17番のショートホールで右奥からのバンカーショットを直接カップイン。このミラクルショットで劇的な優勝を決めた。

  • 第11回 1983年大会

    [第11回優勝者]
    藤木 三郎
    [スコア]
    273 (-15) : [1R] 69 [2R] 68 [3R] 68 [4R] 68

    日替わりで首位が入れ代わり、最終日にはアンダーパー46人の大混戦となった。3日目に急浮上した尾崎将司が逃げ切るかと思われたが、4アンダー、68でまわった藤木が通算15アンダーで逆転優勝。

  • 第10回 1982年大会

    [第10回優勝者]
    陳 志明(台湾)
    [スコア]
    209 (-7) : [1R] 68 [2R] ** [3R] 71 [4R] 70

    台風で3日間54ホールでの勝負。初日4人がトップに並び混戦が予想されたが、結局H・サットンとのデッドヒートを陳が振り切り、日本初勝利。優勝賞金600万円を手にした。前年の謝に続いて台湾勢の2連勝。

  • 第9回 1981年大会

    [第9回優勝者]
    謝 敏男(台湾)
    [スコア]
    279 (-9) : [1R] 69 [2R] 68 [3R] 73 [4R] 69

    ヤング vs ベテラン勢が話題となった大会。最終日、湯原信光、陳志忠、謝の3人が9アンダーで並び大会史上4回目のプレーオフ。2ホール目の17番で 謝が10mのチップインバーディーを決めて優勝。

  • 第8回 1980年大会

    [第8回優勝者]
    青木 功
    [スコア]
    137 (-7) : [1R] 68 [2R] ** [3R] ** [4R] 69

    記録的な豪雨のために2日間プレーが中止、36ホールに短縮された。最終日、4アンダーでスタートした青木がバーディーラッシュをかけ、通算7アンダーの137で38歳の誕生日を2度目の栄冠で飾った。

  • 第7回 1979年大会

    [第7回優勝者]
    草壁 政治
    [スコア]
    240 (-12) : [1R] 67 [2R] 71 [3R] 68 [4R] 34*

    強風と33度を越す猛暑の中で大物選手が予選落ち。台風接近のために異例のイン9ホールのみとなった最終日、草壁は雨に打ち勝つ”攻めのゴルフ”で接戦の中から抜け出して台湾の郭吉雄に逆転V。

  • 第6回 1978年大会

    [第6回優勝者]
    山田 健一
    [スコア]
    276 (-12) : [1R] 68 [2R] 67 [3R] 71 [4R] 70

    福岡を襲った水不足の中で、B・ジョーンズら、有力選手が予選落ち。最終日には青木功ら7人が11アンダーで並ぶ大激戦になった。この混戦を「魔の17番」でバーディーを取った山田が制した。

  • 第5回 1977年大会

    [第5回優勝者]
    ブライアン・ジョーンズ(豪)
    [スコア]
    278 (-10) : [1R] 73 [2R] 72 [3R] 68 [4R] 65

    最終日、大ギャラリーの見守る中で鈴木、矢部、ジョーンズがデッドヒート。3年連続プレーオフの17番でジョーンズが競り勝って国内初勝利。この5回記念大会はUSPAツアーから招待選手が来福。

  • 第4回 1976年大会

    [第4回優勝者]
    グラハム・マーシュ(豪)
    [スコア]
    207 (-9) : [1R] ** [2R] 69 [3R] 69 [4R] 69

    初日は豪雨で中止となり、大会は初の54ホール・ストロークプレーで行われた。安田春雄とマーシュの争いとなった2年連続のプレーオフでは、16番でマーシュが長いバーディーパットを決めて優勝。

  • 第3回 1975年大会

    [第3回優勝者]
    前田 新作
    [スコア]
    273 (-15) : [1R] 67 [2R] 65 [3R] 70 [4R] 71

    この年の猛暑の中でジャンボ尾崎、ベテラン杉原らが予選落ち。最終日に66の猛チャージを見せた前田と石井弘が10アンダーで並び大会初のプレーオフ。前田がこれを制して涙の初優勝を遂げた。

  • 第2回 1974年大会

    [第2回優勝者]
    中村 通
    [スコア]
    273 (-15) : [1R] 67 [2R] 65 [3R] 70 [4R] 71

    当時、“ 関西の三羽烏”の一人と言われた中村は2日目で首位に立ち、決勝ラウンドでもベテラン杉原輝雄の猛追をかわし、2代目チャンピオンを獲得。優勝賞金400万円を手にした。

  • 第1回 1973年大会

    [第1回優勝者]
    青木 功
    [スコア]
    266 (-22) :[1R] 64 [2R] 67 [3R] 68 [4R] 67

    初日から激しいアンダーパーの争いだったが、2日目、当時の賞金レースのトップを走っていた青木が抜け出し、独走態勢に。その快調さは最終日まで維持され、通算22アンダーという驚異的なスコアで優勝。